大切なものが守れない
 

 


目の前で繰り返し再生(リプレイ)される光景(シーン)
どんどん壊れていく大切なもの
どんどん壊れていく自分

何度もする間違い
何度もする失敗

ある雪の降る昼下がり
外はまだしんしんと雪が降っていた
俺はいつものように彼女に口づけをして家を後にした
何か嫌な予感がした
しかしただの気のせいだと自分に言い聞かして振り払った
ドアを閉めて数歩歩いて振り返った
大丈夫だ、安心しろ、と言い聞かした
ふっと笑って前を向いて歩き出した

寒気がした
もう一度振り返った
何もない
大丈夫だ、とまた言い聞かして歩いた

何歩歩いただろうか
後ろで叫び声が聞こえた
訳も分からず彼女の家へ走った
嫌な予感が的中したような気がした
空耳だと心の中で思いつも
なぁ、何もないよな、大丈夫だよな
心の中で叫んだ
でも頭の中では最悪の状況だけがずっと横切っていた
ドアをためらいもせず開けた

最悪だった
目の前で大切なヒトが倒れていた
辺りには赤い液体が広がっていた
それは血のようにも見えた
いや、血そのものだった
俺は膝(ひざ)から崩れ落ちてうなだれた
頭を抱えた
目まぐるしくまわる頭の中を無理にでも整理しようとした
耳を手で抑えて考えた
彼女がさっき言った言葉を最初に思い出した
「ねぇ、今日はいつもより悪い予感がするの。今日だけは側にいて」
いつも彼女は俺を放さないでおこうとする
それは彼女の俺に対する愛情でもあった
そしてそれを慰めるために口づけをいつも儀式的っぽく行っていた
儀式的と言ってもちゃんと愛は通っていた

そう言えば今日はいつもと雰囲気が少し違っていた
何故あの時気づかなかったのだろうか
何故あの時…
何故…

頭の中に響く後悔の声
あの時言う通り側にいてやればよかった
あの時すぐに抱きしめてやればよかった
あの時すぐに戻っていればよかった
あの時…

俺の頭の中は混乱していた
なぁ、いつものように俺を笑ってくれよ
なぁ、いつものように俺を怒ってくれよ
なぁ、いつものように俺を楽しませてくれよ
なぁ、いつものように俺を困らせてくれよ
なぁ、いつものように俺を慰めてくれよ
なぁ、嘘だと言ってくれよ
なぁ、…

何度も呼びかけても戻ってこない返事
何度もこの茶番劇を終わらせようとするのに終わらない現実

どんどんこぼれ落ちてくる涙
俺は大切なものを守れなかった
俺は大切なものを守れなかった
頭の中で繰り返される非難の声
うぁぁぁぁぁ…
涙が止まらない
いつまでも叫び声が部屋に響いていた

既成感(デジャビュ)、かな?
前にもこんな状態があったように感じた
いつもそうだった
何故、俺は守れないのか
やっぱり俺が優柔不断なだけなのかな
ばかみたいだよな
もう一度、もう一度だけ今日という日がやり直せたら…
そんなことできない、と分かっていても思ってしまう
そんな俺はバカかい?

――― 一年後

また繰り返した過ち
また目の前で倒れていた

いつも言われる
頭の中で
「お前は何も守れない」
「お前は大切なものが守れない」
言われる度に涙がこぼれる
そんなこと言わないでくれ
「お前は何も守れない」
そんなこと言うな
「お前は何も守れない」
そんなこと言うな…
言わないでくれ
自分でも分かっているんだから…

俺って狙われているのかな
なんか秘密結社みたいなものにでも
そんな訳ないよね
やっぱり俺が一番悪いんだよね
やっぱり俺のせいだよね
ごめんね
ごめんね
ごめんね…

――― 数年後

何回目だろう
また背中に悪寒を感じたのは
また失ってしまう
またそんな気がした
もう何も失いたくない
もう誰も悲しませない
たとえこの身が尽きようとも
絶対に俺が守ってやる
絶対この俺が守ってみせる

だからその日は悪寒がした途端にすぐに戻った
二度と同じ間違いはしない
二度とお前を失わない
俺の大切なものだから
俺の大切なヒトだから

俺の勘は当たった
ドアの前で彼女は男に銃を突きつけられていた
俺が勢いよくドアを開けると男は動揺した
彼女一瞬振り返って大声で「逃げて」と叫んだ
男はかなり精神的に興奮しているようだった
このままでは彼女が撃たれてしまう
俺の頭の中に先程の言葉がよぎった
“例えこの身が尽きようとも
絶対に俺が守ってやる
絶対俺が守ってみせる“、と
彼女の前にゆっくりと進みながら俺は叫んだ
「彼女に危害を加えるな、俺が代わりになる」
死に物狂いで叫んだ
「やめて」と後ろで彼女が悲痛な叫びをした
俺は振り向かずにそれをなだめた
「俺がお前を守る、絶対に守ってやる」
彼女は首を振った
「帰って来られないのかも知れないのよ」
俺はゆっくりと後ろに向き直って、彼女の頭を撫でながらそっと囁いた
「絶対に帰ってきてやる、お前の笑顔を見る為にも、な」
彼女を抱きしめながら諭した
彼女は俺に飛びつき、腕の中で激しく泣いた
俺の服を掴み、爪を立て、胸をドンドンと叩いた
最初は力がこもっていたが、段々と力が薄れ弱々しくなりなりながらまだ叩いていた
もう俺の服は彼女の涙でグチャグチャになっていた
その泣き声がこの静かな部屋の中で響いていた
閑静な住宅街に響いていた

男は震えた声で言った
「お前が代わりになるのならついて来い、さっさとしろ」
俺は彼女を振りほどき男の方に向かおうとした
しかし彼女は俺を離そうとしなかった
まるで親にだだをこねる子供のように
「私から離れないで、ずっとそばにいて」
涙でボロボロになった顔を俺の胸に押し付けながら言った
俺は涙をこらえながらも彼女に微笑んだ
「大丈夫、絶対戻ってくるよ」
そして俺の腕に絡んでいた彼女をゆっくりと外した
俺は向き直ると男の方に向かった
「さぁ、行こうか…」
俺と男は裏口に向かって歩き始めた

裏口を出るとき彼女は泣きながら叫んだ
「約束やぶらないでよ! もう誰も悲しませない、って言ったのに」
俺は直立不動した
「えっ…」
俺の頭の中でこの前の夜、彼女に言った事が思い出された

…ベッドの上
俺の横で彼女はシーツから半分顔を出しながら少し恥ずかしがりながら言った
「ねぇ、私をずっと守ってくれる?」
「あぁ、絶対守ってやる。いつでもお前の笑顔を見たいからな。お前の泣く姿は一番似合わない。お前を絶対悲しませない。もう誰も悲しませない。だから安心して寝ろ」
俺は自信たっぷりに言い掛けた
彼女は微笑んだ

思い出した
そうだった
もしかして俺は彼女を悲しませたのか
そんな…
じゃぁ、どうすればいいんだ
彼女を助ければ彼女が悲しむ
彼女を助けなければ俺は大切なものを失う
こんな時に二者択一の究極の選択なんてあるか
俺は悩んだ

何でこんな事になったのだろう
君の最後の言葉が忘れられない
「私はあなたが好き…。 でも私の為に悩まないで、考え込まないで。私もあなたが苦しむ姿を見るのは嫌。絶対に嫌!」
君はそう言ってどこからか出した包丁を振りかざして自分の胸に刺した
ぐさっと鈍い音がすると君の口元は少し笑いを含みながら赤い液体を噴きだした
そして膝から崩れてその場で倒れた
それは一つの椿の花が枝から離れていく様だった
残酷に聞こえるかもしれないが一種の芸術品(オブジェ)にも見えた
それが「死」だと分かったのはずっと後だ
また、失くしてしまった…
今度は俺の目の前で
また俺のせいで

俺の足元にはもう一つ赤い肉塊が転がっていた
俺の腕の中で死んだ彼女
そして…
断末魔の叫びさえ聞こえなかった男の死体
彼女の手から奪った包丁で男の頚動脈を切ったから声もしなかった
後ろで叫び声が聞こえる
隣のオバサンかな?
サイレンの音が遠くから聞こえてきた

それ以来、俺の目の前にはそんな女(ヒト)は現れなくなった
いや、それとも俺が逃げているのかもしれない
俺は今、だだっ広い白い部屋の中にいる
極端に失うことを恐れた人間の成れ果てはこうなるのだろうか
―俺はただの精神(サイコ)異常者かい?
独り言を言っても誰も見向きもしない
誰も俺の側には誰もいない
―俺ってただの疫病神?
―俺は結局何も守れないバカなのか?
目頭が熱い
また枯れたはずの涙が出てくる
「俺は何を守る事ができるんだ?」
声に出しても部屋に響くだけだった

廊下には変な叫び声が聞こえる
異常な光景だ
まぁ、あんな事したからかな?

――― 数年後

ビルの大型スクリーンには女優の顔がアップに映し出されていた
バックで音楽が流れている
―もう何も必要ない♪
―過去を振り切ろう♪
そんな歌だった
「やってみろよ…」
それを俺は見てふっと笑った
正面に気配を感じた
「お兄さん、何を笑ってるの?」
知らない女が俺の前で話し掛けた
「いや…、何でもない…」
俺は顔を上げた
その知らない女の顔は死んだ彼女の顔に似ていた
「なら、遊びに行かない?」
俺は鼻で笑った
また、繰り返しなのかな…
「ああ、いいぜ…」
夢は…、悪夢はまだ続くみたいだ
俺はその女の肩に手を置きながら歩き出した                                【完】