Title:あの日、あの時
Author:Kenji Kamiya
Time:2003/06/03 1:58-3:16

 その先に何があるというのだろう。
 その先に何を見ているのだろう。
 誰(た)が為に人は戦う。
 誰(た)が為に人は守る。
 そして……
 誰(た)が為に人を殺す。

 ―――誰がこんな事を望んだのだろう。

 貧しくてもそれなりに幸せを満喫していた日々。そんなものまでかなぐり捨てて来たこの場所。

 ―――今更ながらに

 見栄を張ったんだろう?そうだ、その通り。
 「お国のため」とかそんな大きい事言って来たんじゃない。ただの「見栄」だ。「君と国の為に戦う」って列車に乗って街に出てきた。そんなこと微塵も思っていない。

 ―――後悔しているのか?

 万歳三唱が鳴り響き、母親が涙を流しながら密かにお守りをポケットに入れ、いつも仲の悪い町会長と盃を酌み交わされた。「見直した」って言われながら。

 ―――それとも

 列車が隣の街に入る手前の川の土手で、君は小さく手を振った。

 ―――避けているのか?

 「生きて帰って来い」という横断幕を持ちながら。



 まさに面倒な事になった。
「第一小隊前進、第二小隊は援護に回れ!!」
無線と銃弾の飛び交うこの場所で、人生を走馬灯のように思い出した。何が「生きて帰って来い」だ。ふざけるんじゃねぇ。
 重ね重ね申し上げているように俺は望んでここに来た事になっている。令状来る前に友人に見栄張ってこの部隊に入った。それがこの有様だ。
 役にも立たない銃を持ち、気の狂ったように砲弾を避け、最期に備えて手榴弾を握る。いつか信管が誤って抜けてしまうんではないかと怯えながら。
 そして絶望的なこの戦況の中、先ほどの放送を思い出す。雑音の入り混じったあの放送を。あの声が誰で、あの放送の意味が全く理解できなかった俺たちは、いつものように奇襲作戦(ゲリラ)を展開、いつものように自爆準備完了。

 そもそもアイツが悪いんだ。あの馬鹿が「俺はお国の為に戦うんだ!」とか抜かして、その後抜け駆けで「この戦争に勝ったら、結婚しよう」とか言ったからだ。
 だから俺もその場で言ってやった。「俺は君と国の為に戦う。この戦争が終わったら結婚しよう」ってな。
 見てみろ、この現状を。まるで生き地獄だろうが。怪我をすればウジが湧いて来るし、気を抜けば足が吹っ飛んでいる様だ。
 やっぱり俺が合っていた。この戦争は「勝てない」、「勝てっこない」。「終わる」ことしかできないんだよ。

 さっさとこの地獄から抜け出そう。すぐ先にキャンプがある。そこで残り1個のこの銃倉で最期を飾ってやる。
 さぁ、行こう。
「ヘイ、ファック!!!」
そう言って俺は引き金を引いた。

 午前の訓練が早めに終わり、不信感を抱きながらも整列をさせれた俺たちは、一つの電波受信機を前にした。その受信機はさも大切そうに台の上に載せられて電源を入れられた。
 上官たちが時計を見る。互いに頷きあい、そして俺たちに言った。
「ありがたく聞け!!」
 だが肝心のその受信機から流れる声が何なのか分からなかった。誰が話していて、何を話されているのかサッパリ分からなかった。
 放送が一様に終わり、受信機の電源が落とされると、基地司令官が涙声で話した。
「各自部隊長の命令に従うように!解散!!!」
 部隊長は俺たちに酒を振舞った。そして最後に言った。
「軍人として、恥ずかしくない最期を飾れ」

 だからそれは主観だろう?俺が情けなくも帰ってきた理由にはならないんだよ。言い訳でしかないんだ。
 村には知らない子供達が溢れ、大きな袋を下げて歩いているおばさん達が一杯だ。当然のごとく、俺がいる場所なんてどこにも無い。

 学校で一生懸命に勉強した語学が役に立ち、かなり優遇してもらった俺は、敵軍の兵士に貰った嗜好品をポケットの中で握り締め、家路に着く。
 何もかも懐かしい。ここは空襲を逃れたみたいだ。建物はそんなに壊れていない。

 家のドアを開けると埃っぽく、咽ながら荷物を担ぎなおした。
「ただいま」
畳の上には薄っすらと汚れがあり、窓も閉まっていた。
 居間のガラス戸を開けて外の空気を入れた。風鈴が鳴っている。

 荷物を家に置き、君の家に向かった。どの顔下げて帰ってきたって言えばいいんだろう。
「……………………」
その光景を見た俺は、息を呑んだ。

 都合の悪いことは連続する。不運もまた連続する。
 引き金を引いた俺は目の前の驚いた敵軍兵士が銃弾に踊る事を予想していた。それなのに……。
 引き金からは何も発射されず、威嚇だけがそこにあった。
 俺は膝をつき、銃を下に落として涙を流した。
 「ちくしょう……何で死なせてくれないんだよ」と呟きながら。

 脳裏に蘇える格好の悪い光景は一気に吹っ飛んだ。
「もしかして……?」
その女性は夏だというのに真っ黒な着物を着ていた。そしてその女性の後ろにはたくさんの黒い服の人たち……。
 そして最後に見えたのは、母親の写真だった。

 あの土手を歩きながら君は切り出した。
「ほ、本当に……帰ってくるなんてね」
その声は震えが混じっていた。
「格好悪いだろう?笑ってくれよ」
「……そんなことないよ……」
君は俯いた。沈黙が一時を遮った。
「結局あの時の『勝つ』とかって誰に向かって言う言葉なんだろうな」
「……知らないよ」
「…………ごめん」
何故か知らないけど謝った。誰でも良かったのかもしれない。ただ謝りたかった。
 君は急に走り出し、川の向こう岸の隣の町の空に向かって叫んだ。
「親不孝者ーー!!!」
俺は苦笑いした。なるほど、当たってるな。
「格好悪いぞーー!!!」
負けずに叫び返す。するともう一度君は声を張り上げて叫んだ。
「約束忘れてないだろうなーー!!!」
あぁ、覚えていてくれたんだ。あと一日早ければ母親の死に目に会えたのに、そんな親不孝な俺との約束を覚えていてくれていたんだ。
 俺は背中から君を抱きしめ、唇を奪った。そして、言い返した。
「当たり前だ」
クスッと君は笑った。
「ありがとう」

「あの日、あの時」【終】
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あとがき

単純に戦争の不純さを書きたかっただけです。以上。