Fabled Land.net & Smart Vulture <Kenji Kamiya> Presents

Search for Your Light 〜消えた世界〜

 

 君は、空が見えるだろうか。

 もちろん一部の人を除いて、「見える」と言うに決まっているだろう。

 私も見える。しかし……。

 人は見えない。

 想像してくれ。人が居ない世界を。

 親も兄弟も友人も恋人も見えない世界。

 ビルも木々も見えるし、笑い声も聞こえるのに、人が見えない。

 寂しいだろう、怖いだろう。

 私は、そんな世界に住んでいる。

 そんな、ヒカリの無い世界に住んでいる。

 

 メイはかつて無い程の量の敵に囲まれていた。とてつもない量の…吸血鬼。

「ググググ……。」

「ガガガガガ……。」

(うめ)き声だけが聞こえる。墓場にこだましているのか、なにかエコーの掛かった音になっている。耳障りな音だといつも思う。いい加減終わらそう、左手に力を集中させた。

「忘却の空へ、()け。」

一斉に襲い掛かる獣たち。ボワッと光った左手をその軍団に向けた。

「『ゼクス・トリーマー』。」

そして一気に手から放出する。軍団はその飛んでくる光に臆することなく走りかかってくる。しかしそのヒカリに触れた瞬間、彼らは動きを止めた。いや、止められた。

「グォォォォォン…。」

獣たちが一頻り鳴いた後、メイは右手に持った剣を構えた。左手で柄を押さえ、低く腰を下ろす。そして逆手に持った剣の刃を奴らに向けた。鋭く尖った刃は、一瞬月の光を浴びて星のように(きらめ)いた。

「神の祝福があらん事を…。」

目を閉じながら剣の先で十字架を切った。やがて剣の震えも止まり、「獣」の眼がそこにあった。

「『アイン・バウンサー』。」

彼女は止まっている軍団に突進し、そして突き抜けた。緑色の光を放つ剣と、紫色の眼のコントラストが夜の墓場に流れた。

「グルルルル……ゲッ。」

泣き声が途中で血を咳き込む音に変わる。あぁ、壊れているのか。

「ゲハッ、ゲハッ、ゲハッ……。ギャ…キャフ…キューン。」

情けない泣き声になってきたもんだ。そろそろ気づくか、「アイン・バウンサー」の力を。

「キュフ…キュフ……、グェッ!」

「グフグフグフ……、ギュ!!」

段々と効いてきたようだ。やっと気づいたのか、封じ込まれている事に。やっと気づいたのか、自分が真っ二つに切られていることに。

「くっ!」

メイは左目を押さえた。剣が下にカランと音を立てて倒れる。やはり力の使いすぎか。

「わ、私も……奴らと変わらぬ……のか……クハッ!」

無数の光が左目を貫いていく。どんな微弱な光でも、星の光でさえ強敵だった。そして代わりに酷使する右目。剣を持って立ち上がる。痛み等忘れた筈だ、あの人を失ってから。

「……痛っ………。」

片目を押さえながら墓場から立ち去っていく。後ろでギャーギャーと(わめ)く獣たち。次は誰が裂かれるのか、待ち受けているようだ。しかし順序良く真っ二つに割れていく。時間差(ディレイ)の付けた、連撃技(コンボ)とは知らずに。

 

 ルーアのパソコンの画面には、無数の文字が映されていた。16進数だろうか、たくさんある数字に混じって、ところどころに「A」や「F」のような文字もある。そしてキーボードの横には、冷めてしまったコーヒーと分厚い本が重ねられていた。

ガチャ

ドアが開く。ルーアは上機嫌なのか、口笛を吹いていた。

「さぁ、ハニー。今度の僕のオモチャになるのは、どの()なんだい?」

そう言うと、持ってきた百科事典のような名簿を開いた。見開き2ページに渡って「オモチャ」の詳細なデータが載っていた。彼はこの本を「カタログ」と呼んでいる。通信販売のように、人を「買い」、「売る」。まぁ、分かりやすく言えばそんなもんだ。

 毎月更新されるその「カタログ」は、ルーアの趣味の一環だった。誰の為の物でもない、全ては自分の欲望を満たす為。時には自分の研究材料や被験体になってもらい、時には自分の性欲の捌け口となる。便利な物だ。初めは恋人に振られた腹いせだった。が、今は夢中になっている趣味になった。

「君なんかどうかなぁ?」

左手の親指の爪を噛みながらページを捲る右手は、ある少女のページで止まった。

 名前は「細野イルカ」。17歳高校生。父親は幼年期に死亡、母親のみに育てられる。現在アルバイトと学業を両立中。男性経験は一人。現在の彼氏と思われる。同性の友人の数は29人。

 爪を噛む音が一段と大きくなる。凝視した眼差しは、今にも写真の中から少女を引っ張り出そうとしていた。

「フフフ…。君はちょっと悪い事をしちゃったかもなぁ。僕に黙って処女を失っちゃって…。許さない、許さないよぉぉぉ。」

眼鏡の中の眼球はカタカタと小刻みに揺れている。顔が少しばかりか紅潮してきた。

「この子に決ーめたっ!」

人差し指で少女の写真を突き刺した。すぐさま「カタログ」を床に放り投げ、内線電話をかけた。

 プルルル…………ガチャ

程なくして繋がる。彼は少し興奮気味に伝えた。

1名様、追加。」

 

 カツーン カツーン カツーン……

 廊下に響き渡る靴の音。少女たちは一斉に檻に手をかけ、ガチャガチャと揺らした。そして最後の力で叫ぶ。

「出してーー!!!ここから出してーー!!」

「お願いします、いくらでもお金は払いますから、助けてください!」

「もう私に用なんかないでしょ!出して!!おうちに帰して!!」

まるで監獄。出所する模範囚相手にヤジを飛ばす事とそう変わりはしなかった。「どうせ無理だ」と知っていても彼女たちは無心に叫ぶ。まぁ、中には祈り続けていたり、廃人の様に座り込んで動かなくなっていたりして静かな者もいたが。

「うるさい。静かにしろ!」

ルーアが一喝する。しかしそんな言葉など聞いちゃいないように彼女たちは叫んだ。

「うるさい!!!」

やっと静かになったようだ。それでもまだなお叫び続ける者もいた。

 カツーン カツーン カツーン……

ゆっくりと一歩ずつ彼女たちの前を通り過ぎる。そしてまだ叫んでいた者の前に着いた。

「『うるさい』という言葉の意味を知らないのか、メス。」

「ここから出して!!早くここから出して!!」

顔を突き出しルーアの耳もとで叫ぶ女。ルーアはその突き出た顎に手をやり、しっかりと掴んだ。女はやっと叫ぶのを止めた。いや、顎関節を押さえられているので、口が開けないのだ。

「『う・る・さ・い』と言っているんだ。ん? 分かるか? 聞こえているか? 『う・る・さ・い』んだよ!!!」

思い切り片方の手で女の顔面を殴った。(あざ)だらけだった顔の中心に。

 ボギャッ

いろいろな音が混じっていた。鼻の骨が折れる音。殴る瞬間押さえていた顎関節を手放したせいで漏れる声。そして冷たいコンクリートの地面に叩きつけられた音。

「ヒャァァァァ!!!!アァァァァァァ!!!!!!」

叫べば叫ぶ程痛い。息が出来ない分、口で呼吸しようとする。当然口が大きく開く。顔面の筋肉が歪む。折れた鼻の骨が皮膚に突き刺さる。粘膜はズタズタに破壊され、血はやがて食道だけではなく 気道にまで入り込むであろう。そして肺の中に浸透して、血小板の働きによって凝固する。そして死滅する肺胞。

 爪を噛みながら、想像しただけで背筋のゾクゾクする話だと思った。丁度運良く檻の近くで(うずくま)っている。後頭部から足で踏みつけた。急だった為、再度地面と激突する顔面。

「アァァァァァァァァ!!!!!!」

「うるさいって言ってんだろ!!このクソアマ!!!」

何度も何度も踏みつけた。少し地面に広がる血の量が多くなったように感じた。鼻以外の箇所でどこかで出血してるのか。

「聞いてんのか!!!」

髪の毛を引っ張り無理矢理立たせる。瞼を閉じているが、目からも出血していた。ほう、眼底出血か。あいにく眼科医は常駐してないんだよ、ここは。

「もう終わりか? えぇ?」

「あぁぁ……。」

口内でも切れているらしい。歯が幾本か折れていた。口で奉仕させる時はこの方が都合良いが、ここまでボロボロになってしまった物に興味は無い。

「望みどおりここを出してやる。ただし『生きて』じゃないがな。」

「ヒュー……。」

息の漏れる音しか聞こえない。最後のお見舞いとばかりに、内側から思いっきり檻に向かって顔面を激突させてやった。もう叫ぶ事も出来ず、頭蓋骨に当たった音がしただけだった。

「さっさとコイツを捨てろ!!!」

また爪をガチガチと噛みながら叫んだ。警備員の詰所から数人のガードマンが出てくる。鍵開けて引きずり出された「物」。それを彼らは足を引っ張って引きずりながら外へと繋がる道へ出た。

 

 別に気持ちがスッとした訳ではなかった。どうせ一人適当にいらない物を追い出し、その中に新しい物を突っ込むつもりだった。ただそれが生意気な小娘だっただけ。変わりは無い。

「またやっちゃったみたいだね。」

後ろでヒルナが言った。同じ研究員の彼女は、いつもルーアに小言を言う。いつか犯して黙らせてやりたいと思うが、絶対に勝てない。彼女は技術部門の研究員だが、ついに「力」を手に入れてしまったのだ。ルーアが「神の子」を作ろうとしている間の出来事だった。

「進歩ないねぇ。」

「何しに来たんだ。」

「別に。」

「じゃぁ、帰れよ。忙しいんだ。」

本当は忙しくなんか無い。だが、この女の顔を見ていると腹が立ってくる。

「はいはい。……で、完成したのかい?」

「何が。」

「例の『血清』。アンタもあの『力』、手に入れたいんだろう?」

「……………該当者なしだ。君こそ『あんな子供』作ってどうするんだ?」

「この先のビジョンさ。本能が訴えてるって言うか。」

そう言うと彼女は笑い出した。別に僕にとって面白くも無い。

「『聖書』どおりに物事が進むとでも言うのか?」

「私は少なくとも信じるね。アンタの『カオス理論計算ソフト』より役に立つんじゃないのか?」

そう言うとまた笑い出した。クソッ、僕の作品を馬鹿にしやがって。

「まぁ気にするんじゃないよ。もうすぐだ、『約束の時』は。」

「フン、……『再降臨』の間違いだろう?」

「無論『復活』に違いない。」

「力」も「血清」も全て「約束の時」の準備だ。時は既に動き始めている。聖母さえ出来ていないが、時の流れが解決してくれる筈だ。

 地下室からは夕日は見えない。しかしもうそんな時刻だ。久しぶりに早く帰ってみようかと思った。明日は「新しいオモチャ」で実験しなければならないし、いい加減このコーヒーも飽きた。

「『人の子は必ず罪人の手に引き渡され、十字架に付けられ、三日目によみがえらなければならない。』…か。」

「『ヨハネの福音書』か?」

「違う!『ルカの福音書』だ!第二十四項第七節の部分だよ!ったく、もっとちゃんと読めよ。」

また爪を噛み始めた。ガチガチと音が鳴る。ヒルナは肩をすくめて「やれやれ」と表現した。

「じゃぁ、今日はお疲れ。私は『亜麻布』の研究があるから残るね。バイ。」

「ああお疲れ!」

怒気を孕んだ言い方がその時の彼の心境を大きく反映していた。

―『そのとき、人々は、人の子が力と輝かしい栄光を帯びて雲に乗って来るのを見るのです。これらのことが起こり始めたなら、からだをまっすぐにし、頭を上に上げなさい。贖いが近づいたのです。』―

(ルカの福音書 第二十一項 第二十七〜二十八節 「人の子の来臨」より抜粋)

 

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