第三話 暗闇 〜No more light, no less dark

 

 その時はすぐに来た。そう、彼女は躊躇いなく。

 

「第二、第三ゲート損傷確認。自動消火システム作動。AからHブロックにいる職員はすぐにシェルター内に入ってください。繰り返します。AからHブロックにいる職員はすぐに逃げてください。」

 

「第十二ゲート壊滅。Gブロック、全滅です。」

 

「総員退避!!」

 

あらゆる所で燃え上がる火は、地獄の業火(ヘルズ・ファイア)に似ていた。

 

 

 

 

 メイは初めて人を殺していた。しかし彼女の心の中に「人を殺した」という感覚はない。そう、まるでいつものように「化け物を殺す」感覚だった。初めての掟破り、そんなものはどうでも良かった。倫理観念のイカレた自分にとって、そんなものは比べるにも値しなかった。

 

「ダンテ・クォーター」

 

ふと耳にした声が気になった。誰だ?

 

「ダンテ……。」

 

スピーカーか。アナウンスしてる奴が喋っているらしい。邪魔だ。

 

「五月蠅い!」

 

左手に溜めた光弾を放った。ポンッと音がして空が見えた。2階の中が見える。丁度、上が放送室のようだ。

 

「丁度いい。」

 

大きくしゃがみ、ジャンプした。これぐらいの高さならたいした事はない。

 

 放送室の中に入り込んだメイは驚いた。放っておいた獣がいないのだ。アイツは爆発した途端に飛び散り、破片を他の人間に埋め込み、リレー式に他の人間に取り付いては爆発するシステムだったはずなのに。その破片がディスプレイ等に刺さっていないのだ。

 

「ほぅ。君が『ダンテ・クォーター』かい。」

 

背後に声を感じた。人懐こい声、ネトネトしたいやらしい声だ。爪を噛む音が静まり返った部屋の中に響く。えらく耳障りだと思った。

 

「誰だ?」

 

メイはやっと口を開く。もしかしたら標的かもしれない。そうなれば、この戦いは私の完全勝利となる。

 

「名乗るほどの者ではないよ、ダンテ。」

 

「私の名前はダンテなどではない!」

 

右手の剣――イージスを振った。音速を超える先端は妖しく光り、空気中の分子を分解、そこに真空を生み出す。その真空は宇宙と等しい。それはゼロ気圧で、無重力となる。技名「ノイン・サウンド」。

 

「手荒いね。」

 

気持ちの悪い男は左手を前に出し、呪文を唱えだした。

 

「されば求め訴えよ。ヤヌスの神は降りたもう。」

 

瞬間、音速を超えた波動と守護神ヤヌスが同時に消滅した。

 

「ヤヌスだと?」

 

メイは気持ちの悪い夢を見ている気分だった。なぜローマ神話の守護神ヤヌスがここにいる?

 

「そうさ、ヤヌスだ。君も知っているだろう? 『ダンテ・クォーター』の名を受け継ぎし者の君ならば。」

 

気持ちの悪い男が不敵な笑みを浮かべた。暗くて顔の半分は見えないが、醜いことに違いは無い。

 

Januaryの語源とでも言って欲しいか?」

 

「いいねぇ。さすがだ。……申し遅れた。私の名前はルーアだ。」

 

「聞いてないよ、名前なんか。どうせみんな死ぬんだ。覚えていたって別に意味がないだろう?」

 

「そんなことはないよ、ダンテ。」

 

「いい加減にしてくれ、その呼び名。」

 

「吸血鬼を狩るために10個のツァーレンシュロス[Zahlenschloss]<数列>、ツァオバークンスト[Zauberkunst]<魔法>を使う、ドイツ最強の貴族。それが『ダンテ・クォーター』ではなかったのかな?」

 

「セイ・ルーイヒ![Sei ruhig!]」<黙れ!>

 

メイはひときわ大きい声で叫んだ。クセで、母語で喋ってしまった。

 

「ククク……。やぁ、すまないすまない。茶化してしまったようだね。謝ろう。」

 

子供が悪い事をした時のように笑うルーアを見て、殺意を覚えた。しかし目の前にはヤヌスがいる。迂闊には近寄れない。今の私じゃ、『倒せない』。

 

「どうしたのかな? 私の持っている君の過去のデータから参照すると、もう既に襲い掛かっても良いぐらいだが……?」

 

「私はデータどおりに動かない。そんなの、頭の悪い奴が使うものさ。」

 

「ほぉ。では、君は私より頭が良いとでも言うのかね?」

 

「自惚れるな、青二才。人の力を借りなければ前へ進む事が出来ない若造が、生意気な口を利くんじゃないよ。」

 

「なるほど……。私は君の言うとおり、他の力を借りて君に戦いを挑んでいる。しかし、君も言えた事なのかな?」

 

「何が言いたい?」

 

メイの頬を汗が伝った。奴は何を求めている? 何が目的だ? 何故ヤヌスなど召喚しやがった?

 

「私は簡単な事を聞いているのだよ、ダンテ。君の本性を見せてくれ。君の本当の力――そう、あの『紫隻眼』を。」

 

どの道使う事になっていた紫隻眼だが、むやみやたらに使うもんじゃない。しかし、このままでは「あのシステム」にまで到達できない。残りの体力とヤヌスの力を天秤に掛けられないし、どの道この男も殺らねければならない。そう、邪魔するモノは全て殺せ。殺戮の限りを尽くすのだ。

 

「そんなに見たいのかい? 私の『紫隻眼』。高くつくよ?」

 

左目を覆っていた前髪をサラッと上げる。もう既に弱々しい光りしか映らないその瞳は、今までの修羅を見てきた眼だった。ルーアの心が躍る。そうやっと見る事が出来る。あの女でさえ解明できなかった「聖書の謎」。

 

「『主は、私たちの全ての咎を彼に負わせた』。」

 

「何なんだ、それは?」

 

「君も信心がないねぇ。旧約聖書イザヤの福音、第五十三項、第六節。」

 

「ふっ、『イスカリオテ』か、貴様は。」

 

「その減らず口、二度と開かないようにしてやる。ヤヌス、主の御名のもとに、殺せ!」

 

ルーアの紅潮した顔が見えた瞬間、メイの体は壁に叩きつけられていた。コンクリートに当たっても大丈夫だった体よりも、ルーアが『イスカリオテ』でないことが嬉しかった。

 

「やれやれだね……。」

 

コンクリートの破片や天井から落ちてくる埃を払いながら、近くにヤヌスの存在を感じ取った。間違いなく次は首を狙いに来るだろう。

 

「往くぞ、守護神ファウヌス!」

 

声があがった瞬間、ヤヌスの鋭い攻撃が襲い掛かってきた。しかし、既に人外の者となってしまったメイにとって、もはや不意打ちには程遠い攻撃だった。「フェノン・ウェーブ」でバリアを張り、あとをファウヌスに託した。

 

「ふぁ、ファウヌス!? あれは羊飼いの守護神だったのではないのか!?

 

「まぁ、いわゆる『仁義』って奴で結ばれた主従関係かな…?」

 

ルーアの首筋に冷やりとしたものが伝う。いや、違う。これは「爪」だ。人狼の「爪」だ。

 

「ら、ライカンスロープだったと言うのか……?」

 

人狼の爪はルーアの首筋を撫でている。頚動脈の位置を確かめるように、ゆっくりと爪を這わせた。見る見るうちに毛穴が大きくなり、毛が逆立っていくのが分かった。

 

「違うね。もしもライカンスロープならば、こんな優しい事しないよ?」

 

ゆっくり優しく耳打ちする。微かにかかる息が、耳をムズ痒くさせる。

 

「『ウェアウルフ』の方が似ているかな…? 正確には『ルウガルウ』だ。」

 

「ほ、北欧神話…………。」

 

「その通り。我が家は北欧に近い。『ウォルスングサガの中で、ジークムントとシンフィヨトリは、森の中で見つけた小屋に、二人の男がおり、眠っているのを見つけた。彼らの上には、狼の皮が釣り下げられていた。この二人は、魔法使いの呪いにより、10日の間狼となり、1日だけ人間に戻れることを許されていた。何も知らないジークムントたちは、毛皮を借りて休もうとした。しかし、狼の皮は脱ぐことができず、二人とも狼に変身してしまい、小屋にいた二人の男を殺し、お互いも戦い、噛み合った。10日が立ち、ようやく毛皮が脱げ、二人は人間に戻った。二人はすぐさま毛皮を火にくべ、焼いてしまったので、魔法は解けた。』」

 

「く、くだらない御伽噺など要らない!」

 

「くだらなくなんかないよ、ルーア君。これは『Fairytale』なのだ。一つ一つ語る事によって完成される、『世界で一つしかない御伽噺』なのだよ。」

 

メイはそう言うとルーアの頚動脈を押さえ、気絶させた。

 

 ファウヌスとヤヌスの戦いは案じていた通りヤヌスが勝っていた。メイは「本」を取り出し、その中に直した。

 

 

 

 

 食屍鬼はやはり襲ってきた。ほとんど人と違わない姿に、一瞬眩暈を覚えたほどだった。

 

「時間がない…!」

 

「システム」の起動音が聞こえた。家中の電化製品を並べても出てこないような電子音が鳴り響く廊下を、朦朧とする意識の中で駆けた。

 

 

 

 

 

 やがて、そこには「それ」があった。とても奇妙な光景だった。気持ちの悪さなら勝てる奴はいないだろう。

 

「いらっしゃい。」

 

奥から聞こえてきた女の声。コツコツとハイヒールの音がする。

 

「『ダンテ・クォーター』……ね?」

 

その人外の者に対して、女は目を細めながら聞いた。

 

「名乗るほどの者ではない。さっさとこの場から離れろ。」

 

「あらあら……、手洗いのね。」

 

いきなり引っ張っていった手を振りほどく女。

 

「もう……腕が抜けるかと思ったわ……。で、何のために逃げるの?」

 

女が眼鏡をくいっと上げる。この奇妙な空間の支配者は、さぞかし離れるのが辛いのだろう。

 

「『紫隻眼(パープル・アイ)』……、本当に美しいわね……。さて、あと何分持つかしら? アハハハハハ……。」

 

高らかに笑う声が耳障りだった。しかしこの女の言う事は当たっている。酷使し続けた「紫隻眼」も寿命がきてるし、代わりに「実際の世界」を見るための右目も……。

 

「ヤヌスを封印できたからといって、この『計画』は止まらない……。変態ルーアも良い素材を持ってきてくれたし…ね。」

 

そう言って指差す先には、女子高生と思われる少女が鎖で繋がれている。ギャグボールを噛まされ、体には無数の赤い傷が残っていた。

 

「……『ウォータン』を召還してやる……。」

 

そう、もう後には引けない。北欧を守る者として、「最後の切り札」を出すしかない。

 

「アハハハハハ……。とっても楽しい娘ねぇ。『グングニル』の槍がこの『システム』を破壊し、あの壮大な『計画』を終わらせるとでも言うの!?

 

女は更に高い声で、お腹を抱えながら笑った。そう、まるでコメディドラマを見ている感じに。人外の者――メイは右手を強く握り締めた。別に笑い声が気に障ったわけではない。我が故郷(くに)の主を笑われたのが気に入らなかったのだ。

 

「『フギンとムニンは放たれた。世界は今、飢えている。されば我が名を呼ぶ者有り。』」

 

召還を始めた途端にパンパンと手を叩いて阻害した。

 

「はいはい、分かった。アンタ、どうせ死ぬつもりでしょ? 主に裏切られ、ワルキューレに引き取られていくのがオチってトコかな?」

 

「分かったような口を聞くな!」

 

「あのね、怒っても仕方ないでしょう。これは『あの人』から始められた計画なの。それをただ私は進めているだけ。わかる?」

 

子供に教えるように、茶化して言う女。ただ、この女の瞳の奥には、ドス黒い欲望が見えていた。

 

「ラグナロクは今日ではない。『オーディン』も、貴方も死ぬ必要なんてないのよ。」

 

とてもハッキリとした声だった。メイの眼を見ながら、手に持っていたリモコンを顔の傍まで持ってきた。

 

「そう、これは『終わり』ではない。『始まり』なのよ?」

 

言い終わると赤いボタンを押した。次の瞬間「それ」から眩い光りが溢れ、「それ」の中で起こっていた奇妙な光景は、メイや女の足元にまで感染していた。メイは足元に粘りつく「それ」を払おうと、もがいた。

 

「もう遅い。さっきの戦いはモニターで見せてもらったわ。あなたもさっき言ったでしょう、『これはFairytaleだ』って。大丈夫よ、貴方の記憶はこの光によって全て消える。」

 

女はその眩い光の源を見た。まるで「太陽」のように、夢幻の光を生み出す「システム」。

 

「貴方の眼も元通りになるわ……。一族の呪いが貴方の代で終わるなんて素晴らしいと思わない? ただ、副作用があるかもしれないけど……。」

 

メイはその身を焦がす光の中、意識を失った。

 

 次に目を開いた時には、「運動する物体」が見えなくなっていた。そう、側頭葉MT野の損傷による運動盲になっていた。

 

 

 

Search for Your Light 〜消えた世界〜 (完)

 

 

『この民の心は遠く、その耳は遠く、その目はつぶっているからである。それは、彼らがその目で見、その耳で聞き、その心で悟って、立ち返り、私にいやされることのないためである。』

(新約聖書 使徒 第二十八項 第二十七節 「ローマでのパウロの宣教」より抜粋)