三晩目

 

 父上は唐突に話し出した。

「ここでの生活は慣れたかな?」

僕は少し躊躇した。何故なら、まだ日数がそんなに経っていないにも関わらず、このゆっくりとした(怠惰なのかもれないが)時間感覚が、身に染み渡っていることがわかるからだ。ここまで順応性の高い奴だったろうか、僕は。

「えぇ、まぁ」

「そうか。それはいいことだ」

僕はいつもどおり食事を終えると、部屋にまた戻っていくのだ。そう、まるで変態を待つ蝶のように。

 

 襖を開けて部屋に入る。昨日より小さめの布団が増えていることに気づいた。あまり気にしないほうがいいだろう。この部屋にあるものは、全て僕のものだ。

 足元にちらちらと、色とりどりの小さな動くものがいた。それは一匹単色で、ネコのような鳴き声をする。

「兄さん。布団にお入りくださいませ」

翼が背後から話す。気配を消していたのだろうか、それでも驚きもせずに「あぁ」と頷いた。

 布団を被り、同じように天井を眺めた。染みが広がっているような気もする。

ミャーミャーと猫の鳴き声がした。ふと顔を横に動かすと、数匹ほどの子猫がベッドの下でねぐらをこさえていた。色合い溢れるそれらは、僕を和ませるものではなく、むしろ怒りを駆り立てた。

 翼は僕の掛け布団を整えなおすと、一礼して部屋を出た。

 やはり言うべきだったろうか。「踏み潰してしまいそうなんだが」と。

 

 新聞を折りたたみ、目の前の朝食にありつく。白いご飯、味噌汁、海苔、干物。一般家庭に並ぶ朝食が、今日は酷く不味そうに見えた。

「あなた、早く食事を済ませてくださいね」

「あぁ」

後ろを見ずに台所で洗い物をしながら女性は話す。夫と見えるその男性は箸を取って手を合わせた。

「いただきます」

味噌汁から手をつける。お椀を持ち上げながら、箸をあらぬ方向に投げた。

ドスッ!

「あなた、床には刺さないで、と何回言ったらわかるの?」

「すまない」

「それに箸を何回買い換えたら気が済むの?」

「すまない」

箸はフローリングの床に深々と刺さっていた。その先に鼠を捉えながら。

 妻と見られる女性はため息をついた。

「何を怒っていらっしゃるんですか。目に見えていたことでしょう?」

「元に戻っただけだろう?」

「そうですよ。あなたが話したからです。あなたが……」

「だからその事はどうでもいいんだ。それよりも、あの子が望んでいるのかどうか、ということを無視していることだ」

鏡を見ながらネクタイを締める。根元が左に曲がっているのを修正すると、首をぐるりと傾けた。

「何が一番危険だとおっしゃっているんですか?」

「『ヨク』の存在だ」

「あぁ、成りぞこないの……」

語尾をにごらせた。彼女は合成しきれていない。それゆえに指南役としては不十分だ。

「とにかく今は様子を見よう」

「えぇ」

 

 父上はいつもどこへ行っているのだろうか。そんな疑問も、この周りの奴らどもにかき消されていく。部屋には誰もいない。静かな虚空に向かって翼の名を呼んだ。

「翼」

「はい、何でございましょうか」

部屋の前にずっと待ち続けていたのだろうか、という速さで応対する翼。

「父上は?」

「父上は猟に出ております」

「この辺で何か獣がいるの?」

「この辺ですと、鹿・猪などがあります。先週解禁されましたので」

「なるほどね。ありがとう」

「いえ」

また静寂が戻る。今は眠ろう。日差しや周りの猫どもが鬱陶しい。

 

 ガラガラと玄関で音がする。玄関に近いこの部屋ではよく分かる。

「お帰りなさい」

「なんだ、起きていたのか。ただいま」

父上だった。僕が起きていることに驚いているようだった。

 襖を開け、父上が僕を上から見る。

「父上はよく踏み潰さないですよね。この周りの猫」

「あぁ。慣れた」

「僕も慣れますか?」

「かもしれない。おやすみ」

急に睡魔が襲った。

 

 大量繁殖した猫は、夕食時には足の踏み場もないほどになっていた。こうなっては踏み潰さないようにすること、途轍もない労力だった。大体何の為に踏み潰さないようにするのか、その目的さえ見失っていた。

「かき分けて進めばいいか」

足を地面に密着させて進んでみた。なるほどこれなら踏まなくていい。そのかわり前方数十匹は蹴り上げられてしまうが。

 夕食の席に付くまでに、一苦労だ。

「何汗かいてんの?」

例の少女が馬鹿にする。もういい、慣れた。

「命を大切に思っているのさ」

「ばっかじゃないの?『命が大切だ』なんて弱い人間のいうことじゃない?」

嘲笑するかのように、いや、嘲笑している顔で僕を蔑む。僕は静かな炎を努めて消そうとした。

「やめなさい、夕羅」

お母さんがお盆にみんなの分のご飯を持ってきながら言った。

「ふん」

どうやら炎は消えたみたいだ。

 

 まだ信じることが出来ない。あの子が、あの子が……。

「素質と能力は一致しない。なのに……」

彼は出る前に言った。「どちらかが止めない限り、共存の道など開けない」と。

幸いなことに、完全には目覚めていない。

「もし吸われた時には、私が……出る!」

それはまさしく母の愛。十七年間育てた、私の責任。

 

 夢を見た。

 林の中を誰かと疾走していく、そんなとても簡潔な夢。僕らは獣のごとく、木々の位置を全て把握していて、小枝に触れることすらないままに、目的の背後および頭上で静止する。そして気配を消す。聞こえるのは葉の動き、虫の声、目的の息遣い。

 頭の中は、何かの清涼剤を口にした時のようなすっきりとした感触で、やけに夜目がきく。不思議なほどに五感が冴え渡り、唾液腺が刺激される。性欲が体を襲う。

 そこで途切れた。恐ろしいような、興奮するような内容だった。汗はかいていなかったが、頭が冴えていた。

 

 昼下がり、翼は昨日と同じように僕の部屋で本を読み始めた。部屋には僕と翼、そして無数の子猫。僕としては決して落ち着くわけじゃないが、翼が傍にいてくれることが嬉しい。

「どうかしましたか?」

無表情な声で僕を見る。ずっと翼の顔を見ていたからであろうか、不意に声をかけてきた。

「いや、なんでもない」

「そうですか」

再び沈黙はやってくる。だが数分した後、たまらなく聞いた。

「ねぇ、翼は好きな人とかいるの?」

「はい?」

翼は質問を反芻しながら、再び無表情な声で「強いてならば、兄さんです」と言った。

「『強いて』とは酷いな」

「ふふふ」

愛想笑い。そんな反応が見て取れた。やはり僕はこの家の異物なのか。疎外感を一通り味わった後に、もう一つ質問した。

「夕羅は何で僕に冷たいの?」

翼の顔が強張った。翼の負方向の表情の変化(もちろん恥じらいも含めて)を初めて見た。表情は豊かじゃない方だと思ったけど、こうやって作り出させると面白い。

「きっと……人見知りですよ」

精一杯の勇気を振り絞って出したような言葉。反応の乏しい人間を崩すチャンス。

「僕は好きなのに」

「誰」とは言わない。

「えっ」

翼の崩れた無表情。どうやら成功したようだ。あとはとどめの一発。

「翼のことだよ」

にこりと笑いかける。翼の焦点は震えていた。「こっちへ来てごらん」

 翼はゆっくりとこちらへ近づいた。目を潤ませ、唇を震わせていた。片目を隠す髪の毛が少し浮き上がった瞬間、僕は彼女に口唇を奪った。

 すぐに離れ、翼は首を振って髪を乱した。「だめ。兄さんは……」

「僕じゃだめ?」

翼は再び首を振る。「そうじゃなくて……私が……」

「僕は構わないよ」

本当の笑顔を、翼にあげたい。それだけが今の気持ちだった。

 もう一度唇を奪うまで時間はかからなかった。自分の気持ちに素直になれた感じがする。やっとわだかまりが解けたような、そんな気分だった。頭がすっきりとした。

 

 電話が鳴る。

「はい、もしもし」

「今夜の数は……せいぜい二人だ。俺は今夜無理だから、お前一人で頼む。」

「わかった。どうせ私とあなたじゃ夫婦生活しか営めないわよ」

受話器が置かれ、女性は目を瞑った。ついに、ついに戦いの火蓋は切って落とされたのだ。

「私の手で」

 

 闇を走り抜ける。木々の位置が手に取るようにわかるため、どんどんスピードを上げることが出来た。不思議にも筋肉は疲労しなくて、限界がどんどん上がっていく。初めは翼に先導してもらっていたものの、この体の使いこなし方と言うものが慣れることによって習得されていった。距離にして十二里(約五十キロメートル)を十分間で駆け抜けた感触は、まさに爽快だった。

「久しぶりに走った気分がする」

息も切れていない。まだ走り足りないくらいだ。翼のほうは少し息が上がっているように見えた。

「速いですよ、兄さん」

「そうかな。これでも落としているんだよ?」

ケロッとした顔で応対する。本当に調子がいいらしい。精神はそのままで肉体だけが入れ替わった感覚。悪くはなかった。

ガサリ

耳の奥で捉える人の歩く音。距離にしてここから八里(約三十キロメートル)のあたりで、二人組みの人間が存在することを確認した。声色から考えて、男と女。見事な精確さだった。

「行こうか、翼」

翼の息が整うのを見計らい、声をかけた。翼は頷き、目を輝かせた。

「えぇ」

 再び先の速度で駆け抜ける。初めて通る道だったが、全く恐れはなかった。葉が重なることも許さず、木々が揺れることもままならず、風を追い抜くほどの速さで目的地へと向かう。

 目的地に近づいた時、二人は目で合図をした。すると翼は真っ直ぐに夜空へと向かって伸びている木を駆け上がり、木の上を飛び始めた。そして僕は、目的の背後へと回り込み、息を潜めた。

 

 奴らの息遣いが聞こえる。荒々しい、獣の息遣いが。潜めているつもりだろうが、私には分かる。夫の遺伝子が影響を私にも与えた。情報が逆流して、私の遺伝子さえも変化を与えたのだ。それによって以前にも増して私には奴らの息遣いが聞こえる。合成に成功した例。そう言われたこともある。

 奴らは絶対にこの二人を狙ってくる。そしてこの位置なら確実に仕留められる。犠牲者の少ないうちに止めなければならない。私の子なのだから。

 

 少年は少女を連れ出し、告白をした。少女はそれを快諾し、そのままそういう関係に持ち込まれようとしていた。激しく互いの唇を求め、体を触りあい、愛し合おうとしていた。

「結構、結構」

背後より男が立ち上がってニヤニヤしていた。

 

 僕は楽しかった。多分こいつらは「初めて同士」。こちらも「初めて」の食事。きっと楽しいに違いない。

「兄さん、こんな小さい奴らで良いんですか?」

翼は高所より一気に降り立って身柄を拘束した。まるで鷹が一気に降下襲撃を行うかのようだった。まさに一瞬。人間離れしたその速さであっという間に地面に降り立っていたのだ。

「いいんだよ。敵の目も欺けるし」

「練習用にはもってこいですけれどね」

にやりとこの「子どもたち」に笑顔を向けた。

 僕は腰に携えていた刀を抜き、少年たちの服を切り刻んだ。むやみに体に傷をつけてはいけない。生気が逃げていってしまう。服のみを切り裂き、ちぎり、めちゃくちゃにした。

「気が済みました?」

翼は無表情な声で尋ねる。僕は無言で頷いた。獲物を前に待たされている獣のごとく荒々しい息をしていた。

 翼は歩み寄り、少年だけを縄から外した。「ぼうや、いい事をしてあげようか」

少年の下半身に手を伸ばし、下着のみにさせた。恐怖のせいだろうか、陰茎は萎縮していた。

「怖がらなくてもいいのに。ね?」

そういうと翼は少年の唇に重ねた。最初は抵抗していたのだが、段々と眉が緩み、目が虚ろになっていった。

「ほら、ね?」

陰茎は隆起し、下着ごしでもわかるほどだった。窮屈そうなその枷(かせ)を外してやると、その暴君は跳ね上がった。

「元気ね」

目を細めながらそれを見ると、横の少女の方に会話を振った。

「あなたの大好きな人がこんなに他の女で興奮しているの。どう?妬けない?」

少女は眼をそらした。恥ずかしさもあるだろうが、翼に目をあわせられると心の中を覗かれたような気分になるからだろう。

 翼はさらに続けた。

「あなたの小さな穴にこんな大きなものが入るかしらね。あなた、度量小さそうだし」

皮肉めいたことを言うと、さらに少女は向こうを向いた。

 少女の恥ずかしがる姿を見ながら、手淫を始めた。少年の表情は恍惚そのもので、口はだらしなく開いていた。包皮はめくれ、亀頭部分は露出し、臨戦態勢といったものだった。

 僕はこの恥ずかしがる少女の顔を無理に向かわせた。

「見てみろよ。お前の大好きな彼氏だぞ?まったく…だらしないよなぁ?」

「いや、いやぁぁぁ!!!」

泣き叫ぶ少女の口に手を突っ込み、口を開けさせる。歯の裏から放出される唾液をその中に垂らした。ケホッッケホッと咳をして飲み込む少女。あとは全身に回るまでの間、巡りを良くする為に「運動」させてやればいい。少女の服を完全に剥ぎ取り、陰唇の中に指を差し入れた。

「いやぁぁ!!!」

この際叫び声は放っておこう。狭苦しい中で指を出し入れしていくうちに、全身に回りきったのであろうか、ぬめりが出てきた。そして甘い嬌声をあげるようになった。

「大好きな彼氏の前で…情けない奴だな」

彼氏と言う言葉を聞いて一瞬焦点が戻ったが、知らない男に嬲られて感じている自分を嘆いているのか、顔を隠しながら泣き始めた。

 いい加減泣き叫ばれるのも鬱陶しいので、さっさと頂くことにした。反り返った男根を秘部に押し付け、耳元で「最初は大好きな人にして欲しかったんだろうなぁ」と言いながら、押し込んだ。

 ズンと突かれたその先には何か阻むものがあったが、今の僕に関係はない。むしろこの押し込められた感覚を楽しんでいたのだ。言葉で嬲られながらも未だに快感を貪る、この強欲な人間どもが可笑しかった。

「兄さん」

「何?」

「後ろをあげてやりましょうよ」

僕は瞬時に理解し、別に頂点にも達していないが先を急いだ。さっさと次の楽しいことが見たい、その一心だった。少女の膣内に逆流するほどの精子を流し込むと抜き去って、少年の反り返ったものを少女の後ろにあてがった。

「良かったな、お前ら。『初めて同士』だぞ?」

一気に押し込むと、後は勝手に奴ら同士で求め合う。しかも肛門性交で。何とも情けなくて馬鹿らしい出来合いだろう。腹がねじれるほど楽しかった。

 

 走りながら舌打ちをした。読みが甘かった。奴らはさらに上を行った。

 敵だと思って襲い掛かったところ、その影が分裂して無数の猫が現れたのだ。色合い豊かな猫が奴らの形を作っていたというのだ。そして…、

「まさかあんな子達を……」

年頃を狙うかと思っていた自分を呪った。年齢が低いほど活発な生気を得られるが扱いに困る、玄人級の獲物だ。しかし初心者級であれば、捕らえやすくて大して傷も負っていない、純粋な獲物の方が練習用にはもってこいなのだ。

「絶対に…この手で」

 

 足音が近づいている。さっさと仕上げに入らなければ。

「さぁ、お吸いになってください」

翼はそう促すと、互いの体液にまみれた少年たちを起き上がらせた。僕は少女の方の首元に口を持ってきて、歯を立てた。

ガスッ

歯が深々と皮膚に突き刺さり、そこから血が溢れんばかりに出てきた。動脈に当たったらしい。そのこぼれ出す液体を舐めとり、吸い上げようとした。

「兄さん、コツがあるんですよ?」

翼はそういって少女の反対側の肩に噛み付いた。

「これで気の通り道を作り上げました。慣れないうちは通り道を作らないといけませんので。どうぞお吸いになってください」

僕はもう一度首元に口を持っていった。するとどうだろう。溢れんばかりの生気が僕の口腔を襲い、体に吸収されていくのだ。

「吸いやすくなったでしょう?」

段々と翼の声がぼやけていくうちに、僕は我を忘れ、夢中になって生気を吸い取った。吸い取るだけでは足りないとして、他の部分を齧(かじ)りとった。指、腕、足、肝臓、胃、小腸、肺、そして心臓。生暖かい、ついさっきまで動いていた肉体を抉り出しながら食していくのは快感だった。首だけ残ってしまい、面倒くさいので眼球から指を突っ込んで、頭蓋骨を引き剥がした。こんなこと、今の僕には容易い。バキバキと骨の砕け散る音がして、綺麗な桃色の脳が出てきた。その健康的な色合いは僕の食欲をさらに駆り立てた。

 

 がっつく自分の兄を見て翼はほくそ笑んだ。これで兄さんと同じになれた。同じなのだ。

 しかし束の間の喜びも背後の女性のせいで壊れてしまった。

「よくも……!」

「『私の子を』とでも言って欲しいのかしら?くだらないにもほどがあるわね」

刹那、描く刀の動きはこの女性によって防がれていた。

「よく止めたわね。名前を聞いてあげましょうか」

「名乗るほどのもんじゃないよ。それより、あんたなんかにあの子を渡さない!!」

式神を呼び出し戦う姿から、この女性は神道の関係者だということは分かった。しかし……

「私たちの家族に口出しされる筋合いなんてないわ!!」

翼の刀から繰り出される斬撃は、規則性がありそうでない。ところどころに感情を交えたその動きは、我流にして豪快な強さを誇った。

 一方の女性の方も翼の不規則な斬撃を受け流しながら、五行を使い切っていた。陰陽師としては一、二を争う腕というだけはあり、非常に多彩な、かつ繊細な動きを極めた。

 両者一歩も譲らず、膠着している時、不意に忍び寄った影に彼女は気づかなかった。

「そ、そんな……」

 

 僕の日課は横になって眠ることだ。とても気持ちのいい夜を迎えることが出来る。

「今夜は、いい月が出そうだね」

「えぇ」

傍にいる女性は、僕のかけがえのない人。僕を長くも短かった眠りから覚まさせてくれた人。

 僕はその人に笑顔を向けて、もう一度天井を見上げた。染みはもうない。なくなってしまった。

 あれから僕は出生の話を聞いた。僕のお父さんは鬼で、お母さんがその鬼を払う陰陽師だったんだけど、恋に落ちて子ども生んだのだ。それで生まれた僕が、人と鬼の「狭間」に生きる人たちの元へ、疎開――じゃなかった社会勉強のために行かされたんだって。ずっと前から言われてたらしいよ、「来てみないか?」って。で、しかもまわりに誘導催眠を促す香を焚いていたせいで、判断が鈍くなっていたらしい。

 僕はそんないざこざがあったなんて、つゆ知らず、のんびりと生きていたんだなと思うと胸が痛い。

「今日はどんな本を読んでいるの?」

「『メメント・モリ』」

なかなか難しい題名で、あんまり勉強してなかった僕はすかさず聞いてみた。

「『死を想え』」

なるほど、どちらにしろ難しい本を読んでるね、君は。

 まぁ、ぴったりじゃないか。この「鬼の棲む家」には。【終了】